2009年07月13日
場のエネルギー
先週のクリスタルボウルの演奏会では何か足下がフワフワしている感じであった。
話しをしていても足下がすくわれた感じがしてグランディングができていない感じであった。
だから流ちょうにはなせなかった。
音色も何がいつもと違っていて満足する音ではない。高くてちょっときつめの音であった。
だからゆったりと落ち着いた感じにはなれなかった。
他の方も同じような感覚だったようである。
場のエネルギーを調整するこも大事だな~と思った。
そんな事を思った数日後、会社で会議があった。
荒れたザワザワとした感覚があり、ゆっくりと協議する環境ではない。
何かがかみ合っていない感じがした。だから落ち着かない。
協議するというより、自分がつっこまれたら困るし、他人のことには高圧的な態度を感じた。
そんな感じなので輪を広げて目標に向かっていく感じにはとうていなれなかった。
会議の内容も大事だが、まずは雰囲気作りが大事なのでは?場のエネルギーの調整が・・・・
話しをしていても足下がすくわれた感じがしてグランディングができていない感じであった。
だから流ちょうにはなせなかった。
音色も何がいつもと違っていて満足する音ではない。高くてちょっときつめの音であった。
だからゆったりと落ち着いた感じにはなれなかった。
他の方も同じような感覚だったようである。
場のエネルギーを調整するこも大事だな~と思った。
そんな事を思った数日後、会社で会議があった。
荒れたザワザワとした感覚があり、ゆっくりと協議する環境ではない。
何かがかみ合っていない感じがした。だから落ち着かない。
協議するというより、自分がつっこまれたら困るし、他人のことには高圧的な態度を感じた。
そんな感じなので輪を広げて目標に向かっていく感じにはとうていなれなかった。
会議の内容も大事だが、まずは雰囲気作りが大事なのでは?場のエネルギーの調整が・・・・
Posted by EMILY MUTOH at 18:04│Comments(6)
│つぶやき
この記事へのコメント
指摘されている「場のエネルギー」を、前もって調えて臨む方がよいのでは
EMILYさんが演奏されたのですか??結界をはる・祈る…等など、事前にすべきコトはありますよ。「場のエネルギー」の低さ…外側に責任転嫁なんて、奏者を含めた主催側の「自分は完全・完璧」という驕りなのでは
それともプライベートに何かあったとか…
料金を頂戴する場合はなおのこと〜それがプロフェッショナリズムというものではないでしょうか??内容が何であれ「今、ここ」に集中できない「プロ」のところになんて、お客様は来ませんよ。その内容が「癒やし」であるならば、言い訳の結果…お客様動員数は減っていきます〜癒やされないのですから。ビジネス
と捉える時、大阪人はこの辺りはシビアなのでは

きびしいコト書いて失礼しました。







Posted by 月の夜 at 2009年07月14日 10:05
月の夜さん いつもありがとうございます。
いつも場を整えることはやっていますが、ご指摘の通りに「演奏会場の今ここ」をもっと意識をするべきでした。反省です。
意識していかないと驕りや慣れがでてきやすいので今回のことを反省して”プロ”としての責任とは何か?をはじめに意識していきます。
演奏者は別の方ですが、演奏者の方も演奏前に調整されておられます。
いつも場を整えることはやっていますが、ご指摘の通りに「演奏会場の今ここ」をもっと意識をするべきでした。反省です。
意識していかないと驕りや慣れがでてきやすいので今回のことを反省して”プロ”としての責任とは何か?をはじめに意識していきます。
演奏者は別の方ですが、演奏者の方も演奏前に調整されておられます。
Posted by EMILY MUTOH at 2009年07月14日 12:41
「慣れ」が表に出てくると、詳細の細かいことや段取り(タイムキーピングのようなこと…あと何分・何分以内に・○時◇分まで)が気になって仕方なくなり、目の前に広がっている「現実」がどーでもよくなります。楽しむ余裕なんてありません。特定の木や枝葉(たいてい内にあるようです)が気になり、広がる森を見ていない…演奏会というシチュエーションの場合、音が広がっていくように「全体」(森)として、作り上げていくものだと感じます。もし奏者の方が、演奏前にご自身へアファメーション(宣誓)をされているのであるのならば、どのようなものであるのかお聞きしてみるのも、大切なのかもしれません。奏者とサポートするEMILYさんとの間に風が吹くのならば、今その風は多分心地良いものではないと感じます。主催者の間に溝があるならば、素晴らしい楽器であっても、演奏会は成功しません。CS(観客満足度)アップ
や新しい観客なんて望めません。慣れは惰性になります。惰性ではなく「今、ここ」の一瞬に一生懸命で在るならば、目に入るものの色の輝きが変わると確信しています。

Posted by 月の夜 at 2009年07月14日 13:21
月の夜さん コメントありがとうございます。
「音が広がっていくように「全体」(森)として、作り上げていくもの」っていうイメージとても素敵ですね。
演奏される方との心地いい風が流れるように意識することが大切ですね。
自分の立つ位置を見失っているかもしれません。
頂いたメッセージを一言一言自分と対話していつも初心を忘れないように気をつけていきます。
お越しになる方はそんな空気を敏感に感じられますものね。
ありがとうございました。
「音が広がっていくように「全体」(森)として、作り上げていくもの」っていうイメージとても素敵ですね。
演奏される方との心地いい風が流れるように意識することが大切ですね。
自分の立つ位置を見失っているかもしれません。
頂いたメッセージを一言一言自分と対話していつも初心を忘れないように気をつけていきます。
お越しになる方はそんな空気を敏感に感じられますものね。
ありがとうございました。
Posted by EMILY MUTOH at 2009年07月14日 16:05
「枝葉」が大切になるときもあります。技術を学ぶとき〜ある意味で、なりふり構わずに「楽器」と「指導者」と向き合うときです。〜〜EMILYさんご自身が学んでいた時の事を思い出すことは可能でしょうか
講師や、一緒に学んだ方々やスタッフの対応を思いだしてみることも、ちょっとした鍵
になるかもしれません。〜〜「演奏会」の場合、全体として「森」にする〜EMILYさんご自身に、進行上の詳細うんぬんに拘りがあるならば、多分ネガティブな方向に向いているトランス状態にあるようにも感じられます。演奏会をより良いものにしたいのであれば、意識を絶えず外に向けておくのがよいのではないか…と感じています。奏者のサポートとして「出しゃばる訳ではないけれど」、釣銭などのような細かいことを、お客様と話さなければならない場面だってあります。リラックスを提供する場の場合、安全に心地よく満喫していただく「森」を提供する主催者側は、その間は「目覚めていなくては」ね。奏者の方との信頼関係がとても大切になっていくと、強く感じられます。上手くいくことを祈ってます







Posted by 月の夜 at 2009年07月14日 16:53
月の夜さん ありがとうございます。
私が学んでいた時の事を思い出してみました。
自然な感じでお互いに信頼関係が強い感じがあします。
それを振り返ってみると奏者との関係がまだ距離があるように感じます。
自分から歩み寄ることも大事ですね。
思ってばかりではなく、行動に移していきます。
私が学んでいた時の事を思い出してみました。
自然な感じでお互いに信頼関係が強い感じがあします。
それを振り返ってみると奏者との関係がまだ距離があるように感じます。
自分から歩み寄ることも大事ですね。
思ってばかりではなく、行動に移していきます。
Posted by EMILY MUTOH at 2009年07月14日 22:08
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